プログラム解説「イギリスのリュート二重奏」

2023年9月2日&8日、学下コーヒーにて開催した「対話する音楽2023〜イギリスのリュート二重奏」のプログラム解説を掲載しておきます。

今回のプログラムは、作者不詳の可愛らしいリュート二重奏の小品を紹介すると同時に、裏テーマとして、

<エリザベス1世に仕えたジョン・ジョンソン>
<ジェームズ1世妃アンに仕えたトマス・ロビンソン>

という、二人の女性に仕えたリュート奏者たちに注目してみました。

この時代は、どうしても華やかな作風のジョン・ダウランドに注目されがちで、ロビンソンはその影に隠れてしまっている印象。

ロビンソンの地味ながらも穏やかで温かな作風がもっと評価されても良いのに、と思います。

なお、プログラム一覧についてはこの記事をご参照ください。

西垣林太郎・永田斉子所有のルネサンスリュート

(ここからプログラム解説文)

本日の公演では、イギリスの16世紀末から17世紀初め、エリザベス1世とジェームズ1世時代のリュート二重奏作品を特集します。
ヨーロッパ大陸側ではすでに次なる音楽様式の兆しが見える頃ですが、イギリスではルネサンス様式が最も成熟した黄金時代と言って良いでしょう。

 

リュート二重奏の様式について

 本日演奏するリュート二重奏作品は、下記の3種類に分けられます。それぞれの作品がどの種類に該当するか、考えながら聴くのも面白いかもしれません。

①Treble(高音域の旋律)+Ground(一連の和音進行)
片方が一連の和音進行を何度も繰り返し、もう片方は単旋律を変奏していく、というスタイル。和音進行の種類が一つの型としてそのまま作品名になることも多く、イタリア発祥であるベルガマスカやパッサメッツォなどがその例として挙げられます。
高音域で音価を細かく分割しながら変奏される旋律は、一見即興のようにも聴こえますが、当時の厳格な対位法と和声学を遵守して行われており、そこに作曲の技を見ることができます。いずれのパートもリュートの基本的な技術を習得する上で有効で、当時の人々が二重奏を楽しみながらリュートを習得していた様子がうかがえます。

②旋律と伴奏を交互に
旋律と伴奏をフレーズごとに交代するスタイル。同じ旋律を繰り返す場合もあれば、二度目を担当する方が変奏を加える場合もあります。「呼びかけと応え」のように聴こえるため、親密な「音楽による対話」の効果が生まれます。両者が技術的に同等であることが要求されるスタイルとも言えます。

③既存のソロ曲に伴奏パートを加える
すでにソロ曲として成立している作品に、新たにもう一つのパートを付け加えるスタイル。そのため他のスタイルでは(和声学的に)避けられがちな低音部の重複が見られます。今回の公演では、“Lord Willoughby’s welcome home (John Dowland)”だけがこのスタイルに該当します。

T.ロビンソンの『音楽の学校』

  今回演奏する作品のほとんどが手稿譜で残されていますが、唯一の例外がトマス・ロビンソン Thomas Robinsonによる出版譜“ The Schoole of Musicke ”です。

T.ロビンソンはエリザベス1世の側近セシル家に仕えた後、20代でデンマークに渡り、デンマーク王フレゼリク2世の妃ソフィーと王女アンの音楽教師となります。1589年、王女アンはスコットランド王ジェームズ6世の王妃に。1603年のエリザベス1世の崩御に伴って、ジェームズ6世がイギリス国王ジェームズ1世を兼任することになったため、アンはイギリス国王妃になります。

このT.ロビンソンの出版譜は、ジェームズ1世に献呈する形で1603年にロンドンで出版され、献辞にはデンマークでアンにリュートを教えていたことも書かれています。

『The Schoole of Musicke=音楽の学校』というタイトルや、詳しく運指番号が付記されている点に教則本らしい特徴が見えますが、実際にはむしろ(初心者にはやや難しい)リュートソロと二重奏のための作品集としての性格が強いと言えます。

この出版譜には①と②スタイルの二重奏作品の他、本日は演奏しませんが、両者が対位法的に絡み合うスタイルの二重奏作品も1曲含まれています。 

王妃アンの芸術サロンとJ.ダニエル

イギリスが気に入った王妃アンは、やがて(国の財政を揺るがすほどの散財をして)文化芸術を庇護するサロン活動を繰り広げるようになります。そのサロンにいたリュート奏者の一人が、本日1曲だけ演奏されるジョン・ダニエル John Daniel (1564-ca.1626)です。彼は同じく宮廷詩人であった弟と共に、言葉の意味や情感を表現することに創意工夫を凝らした歌曲を残しています。 

ドイツに残されたJ.ダウランドの楽譜

 T.ロビンソンとほぼ時を同じくしてデンマーク王クリスティアン4世(アンの弟)に仕え、後にジェームズ1世の宮廷にも仕えたのが、ジョン・ダウランドJohn Dowland(1563-1626)でした。エリザベス1世付きのリュート奏者J. ジョンソンが没した際には、その後釜を狙ったダウランドでしたが、その夢叶わず失意のうちに大陸側に就職先を求めて旅を続けるうちに、彼自身は各国の音楽様式を吸収し、彼の音楽は各地へ影響を残す結果となります。

 本日はドイツのリュート奏者ヴァレンティン・シュトローベル Valentin Strobel(c.1577-1640)が編曲した、これまで全く演奏されることのなかった版のJ.ダウランドの作品“Earl of Essex’s Galliard / Can She Excuse”をソロでご紹介します。

オランダを軍事支援したイギリス、両者の音楽的交流

 J.ダウランドによる二重奏版“Lord Willoughby’s Welcome Home”はオランダで戦ったイギリス人ウィロビー卿の戦功を讃えるバラッドソング(流行歌の一種)が元になっています。当時スペイン支配から独立しようとしていたオランダをイギリスは軍事支援しており、音楽的にも両国には相互の影響と交流が見られます。
ここでは、オランダの作曲家ヨアヒム・ファン・デン・ホーヴェ Joachim van den Hove(1567-1620)による“Toccata”と“Bergamasca”をソロでお聴き頂きます。

J.ジョンソンから継承される女王の就寝音楽

 ジョン・ジョンソンJohn Johnson(ca.1540-1594)はエリザベス1世の宮廷で活躍したリュート奏者・作曲家で、その生涯の詳細は不明ながらも、周囲や後世の音楽家への影響は大きく、特に二重奏作品に特筆すべきものがあります。

この時代に作曲された現存する①Treble=Groundスタイルの二重奏作品約60曲のうち、その半分近くはJ.ジョンソンによるものと考えられています。
しかしながら、本日はこの①スタイルではなく、J.ジョンソンとしては珍しい、②のスタイルを持つ“Lavecchia Pavan & Galliard”を取り上げて演奏します。

J.ジョンソンがソロ曲として残したエリザベス1世のための就寝音楽“ Good Night and Good Rest”の和音進行は、後にT.ロビンソンによって、アン王妃のための二重奏による就寝音楽の和音進行として受け継がれています。本日は両者を連続して演奏します。  

 Seiko Nagata