リュートを弾くロバの物語「ロバのおうじ」
(2009年に古楽情報誌「アントレ」に掲載させていただいたエッセイです。執筆・永田斉子)
二本脚で立ち、足取り軽く丘の上の城を目指している若いロバ。
その背中には、水色のサテンリボンをストラップにして、まぎれもなく「リュート」が結わえ付けられている。
若いロバが身につけているものは、ただ1本のリュートのみ。
それがこの本の表紙の絵である。
そのロバの姿は何とも言えず可愛らしく、見る度に目尻が下がってしまう。
物語のタイトルは「ロバのおうじ」(ほるぷ出版)。
物語の原作となっている「グリム童話」の作品「ロバ」は非常に短くて不可解な話であることは否めない。
それをM.ジーン・クレイグが大幅に加筆修正を行い「再話」としてこの物語を構成した。現代の私たちにも普遍的なテーマを含んだ物語へと再編することに成功していると思う。
さらに、バーバラ・クーニーの柔らかなタッチの挿絵が物語全体の雰囲気を優しく美しいものへと完成させ、見事な出来映えとなっている。
本の最後を見ると、1979年に発行、2005年までに39刷を重ねている30年間のベストセラーである。
簡単に内容を紹介しよう。
「昔、平和な国をおさめている王と王妃がおりました。
彼らの悩みは、子どもがいないこと。
そこで魔法使いとお金で取引をするのですが、王が約束を守らなかったため、生まれてきた王子はロバの姿をしていたのです(本の帯より引用)。」
王子は、偶然訪れた旅のリュート弾きにリュートを教えて欲しいと頼み込む。
「そのひずめでリュートが弾けますかな?」というリュート弾きの指摘は非常に正しい(笑)が、そこは物語の世界。
王子はリュート弾きの先生をして「もう私よりお上手になられた」と言わしめるほどに上達してしまうのだ。
そしてリュート1本を背負って自立し城を出て、欲しいもの=本当の愛を獲得していく。
重要な場面でリュートの魅力が十分に発揮されているばかりでなく、歴史的なリュートの特徴を捉えた文章がさりげなく挿入されている。
例えば「天使のように」「食卓脇で」「歌をリュートで弾く」というような文章の背景には、ルネサンス絵画に天使が奏でる楽器としてリュートが数多く描かれていること、饗宴での奏楽、歌のリュートアレンジ化が一般的であったことなどを予め作家が知っていたことが予想できる。
2007年からこの物語を媒体としてリュートを広めるための活動を開始した。
全国からリュート演奏付き朗読希望のメールを多数いただいた。30年のベストセラーというのは本当だったのだ。
絵も楽しんでもらいたいので、パソコンを使ってスクリーンに画像投影も行う。スクリーンがなければ黒板に模造紙を貼る。
公演ではリュートについての難しい説明は抜きにして、ルネサンス時代の作品を聴いてもらう。何の違和感もなく音色や響きを感じ取ってくれているようだ。
物語の筋は単純明快な「勧善懲悪」でもなく「めでたし、めでたし」でもなく「ワクワク、ハラハラ」という部分もない。いろんな切り口から自由な解釈が可能な多義的な物語と言えるだろう。
結論が出ないところが大きな魅力になっている。朗読が終わった時、静かに聴いてくれた子どもたちの心の中は、複雑な思いがいろいろと渦巻いていることだろう。両親とのこと、先生、友だち、自分の将来のこと・・・。
最後に子どもたちからの質問を受ける。勢いよく手が挙がる。「棹の先が折れちゃっているけど壊れたの?」(苦笑するしかない)「リュートを弾いてみたいのだけど、どこで習えますか?」
「ロバのおうじ」のようになるためには「リュートでなければ!」と思っているのかもしれない。だから最後に私は一言だけ伝えることにする。
「リュートでなくてもいいのです、スポーツでもピアノでも何か一つ大好きなこと、熱中できることを見つけてくださいね。」と。
朗読音楽会「ロバのおうじ」。
表紙のロバのように私もリュート1本を携えて全国に出かけて行き、この物語を多くの人と共有したい。私がリュートから得る幸せ、楽しさ、慰め、エネルギー、それはこの物語によってすべて語り尽くされている。
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