【本】ルイ14世 フランス絶対王政の虚実

ルイ14世 フランス絶対王政の虚実

 

1971年に「人と歴史」シリーズの『ルイ14世』、1984年に「清水新書」の『ルイ14世 フランス絶対王政の虚実』として刊行されたものを、この2018年5月に復刊したもの。(千葉治男・著/清水書院)

人格と情緒の形成期に経験したことが、その人の人生のみならず一国の統治体制にまで影響するから、人間の心理とは恐ろしい。

その生涯を貫く「自分以外は誰も信用しない」人間不信と、内面に抱える深い孤独感。このような選ばれし身分の人々の空虚感を、芸術はどれほど満たすことが出来ていたのだろう。

なぜパリを嫌いヴェルサイユを好んだのか、そして例の太陽の舞台衣装を纏った意味とは?など、文化史だけを追っていては見えない部分の指摘に新しい発見があった。

宰相リシュリューはリュートを愛奏したとされているので親近感を覚えるが、どんな働きをした人物なのかよく知らなかった。政治と争いの合間に、リュートを弾く心の余裕がよくぞあったものよ、とも思うが、だからこそ、リュートが必要だったのかも、とも。

文芸についての項で、『ルイ大王の世紀』という自作の詩を読み上げ「古代人と近代人の論争」を起こしたという、シャルル=ペローの名前が登場する。

ペロー童話集、あるいは『ロバの皮』で知られるペローは、ルイ14世のアカデミーにいた人であったか!

このようにアカデミーやサロンでは、音楽の演奏だけでなく「詩の朗読」も盛んに行われていた。

フランスに限らず他国でもそれは同様だった。日本でも江戸時代の文人たちは漢詩や俳句の交換会などを行ったりしている。

現代でも、俳句や短歌を声に出して読む会もあるようだが、一般的には紙面で「目で読む」機会のほうが圧倒的に多いだろう。

紙媒体の印刷が普及したことがその理由と考えられるが、「聴く文芸」はリズムや声質を伴うために、より歌に近く感じられて、私は昔からとても好きだ。

かつてのサロン文化の一つとして、朗読音楽会を始めたのだけれど、現代日本人が朗読を聴くことに馴染むには時間がかかりそうだ。

意外なところで、ペローの名前を見かけたので、ちょっとメモしてみた。