【リュート絵画】Z.Dolendo ドレンド:リュート奏者に挨拶される夫婦
2019年末、中国で見つかった新型コロナウィルスは、2020年には世界各国へと広がり、2月中旬ごろからパンデミックとそれに伴う医療体制崩壊を避けるために、不特定多数が集まるイベント・コンサートが中止・延期となっています。
そして、市場ではマスクの品切れ状態が長く続いております。
そんな風潮の中、Twitterでは「演奏者がこんなマスクをすればいいんじゃない?」というツイートと画像が流れてきました。
世間がギスギスした雰囲気になる中にも、というか深刻な時にこそ、思わずフフッと笑ってしまうような、教養に裏打ちされたユーモアや大喜利が盛んになるのが、Twitter文化のいいところ。
マスクはマスクでも、仮面舞踏会のマスク
この作品は、ヤーコブ・デ・へーイン II Jacques de Gheyn II 流派のザカリウス・ドレンド Zacharias Dolendo による作品と思われる『リュート奏者に挨拶される一組の夫婦 A Couple Addressed by a Lute Player』(1595/1596)。
『仮面舞踏会 The Masquerades』 と題されたシリーズの中の一枚です。
3人がつけているのは、マスクはマスクでも、仮面舞踏会のマスク。
中央の女性は、真ん丸なメガネがゴーグルのようだし、顔の下半分を覆った布が最高に怪しげ。右の紳士の仮面は象だし、思った以上に、仮面舞踏会の仮装の幅は広いですね。
しかし、こんなルネサンス時代の人々の無邪気な仮装も、最近のコロナウィルス騒ぎで、近未来を暗示しているようにも見えて少し怖くなります。
切れたリュート弦の意味するところ
左端のリュート奏者に注目してみましょう。
銅版画でもあり、複弦は単弦に簡略化されているとはいえ、1コースの弦が切れていることがはっきりと描かれています。
これから舞踏会が始まるというのに、この状態では2コース以下で弾けるコード伴奏に徹するか、ソロ曲はメロディーラインを2コースあたりに持ってこれるように、咄嗟に移調するしかないのではないかしら・・と同情してしまいます。
しかし、この絵は、リュート奏者の窮地を描いたものではありません。
絵画において切れたリュートの弦が描かれる場合、それは関係の不和、世相の乱れ、戦争などを暗示しています。
つまり、リュート奏者が挨拶を交わしている一組の夫婦は、一見、手を繋いで仲睦まじく見えるけれども、実はその関係は上手く行っていない、ということを示しているとも解釈されます。
このような切れたリュート弦の例の代表作としては、ホルバインの『大使たち』が挙げられますが、これもまた宗教をめぐる対立を暗示しています。このような作例は他にも見られます。
逆にいうと、きちんと弦が張られた美しいリュートの姿は「調和」や「平和」の象徴とも言えるでしょう。
Masquerade といえば、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」に含まれる曲の元歌が思い出されますね。私もよく弾いています。
▼このCDは、この組曲の元歌となったリュート曲ばかりを集めたものです。
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No.8 が Mascherada