『Musica getutscht und außgezogen』 Sebastian Virdungs,1511:音楽理論&楽器に関する最古の印刷本
『Musica getutscht und außgezogen』は、1511年にセバスチャン・ヴィルドゥング Sebastian Virdungが著した音楽理論書で、楽器について書かれたものとしては、最古の印刷された本となります。
1506年から1541年までストラスブールの司教であったウィリアム3世・ド・ホーンシュタインに捧げられており、献呈文には1511年7月15日バーゼルでのヴィルドゥングの署名があります。
印刷はミヒャエル・ファーターという人で、版画はおそらくウルス・グラーフの手によるものとされています。
正式名称は・・長い
▲表紙に正式タイトルが記されています。500年以上も前なのに、とてもきれいな印字です。何と書いてあるかというと・・
Musica getutscht und außgezogen durch Sebastianus Virdung, Priester von Amberg verdruckt, um alles Gesang aus den Noten in die Tabulaturen dieser benannten dreye Instrumente der orgeln, der Lauten und der Flöten transferieren zu lernen kürzlich gemacht
ドイツ語は全く嗜まないので、フランス語訳からざっと訳しますと、
音楽についてドイツ語で要約したもの。アンベルグの司祭セバスチャン・ヴィルドゥングによって出版された、歌からオルガン、リュート、フルート(リコーダー)の3つの楽器のタブラチュア譜へ移す方法について学ぶ書物。
小難しく見えますが、要はこれら3種類の楽器のタブラチュア譜の読み方について。
*追記)この書籍のタイトルの邦訳について。定訳はまだないものの「ドイツ語による音楽概観」または「音楽概観」という翻訳が少数存在するとのご教示を頂きましたので、追記しておきます。
「要約したもの」とあるのは、どうやらヴィルドゥングは他に「もっと大作を書いた」と主張しており、この本はそれの要約・抄訳ということのようですが、肝心の大作の方の版は発見されていません。(出典: Gary R. Boye : Sebastian Virdung Muica getutscht und aussgezogen)
伝統的な対話形式で
書物の形式としては、Andreas Silvanus と Andreas WaldnerとSebastianus(=Virdung自身)の間で交わされる【対話の形式】で書かれています。対話の形式は紀元前のプラトン以降、名誉ある形式として長らく歴史上で使用されてきたものです。
18世紀になってもこの傾向は続き、ヨハン・ヨーゼフ・フュクスの『Gradus ad Parnassum』でも継承されていきます。
語り合う二人の足元には、小型のリュートが転がっています。
手には槍、腰にはナイフという出で立ちは、何か象徴的な意味があるのか、それとも単なる標準的な衣装なのでしょうか。
3種の楽器のためのタブラチュア解読
ヒゲ文字のドイツ語でびっしりと書かれた解説の合間に、オルガン、リュート、フルート(リコーダー)のためのタブラチュアの図版が掲載されています。リュートのタブラチュアはともかく、オルガンやリコーダーのタブ譜ってどんなの?と思いますよね。
オルガン・タブラチュア
ドイツ語音名を示すアルファベットに、下線をつけたり、同じ文字を重ねたり。
▼この表記で、一つの旋律に対して下に3声を付け加えると。
2段の五線譜で記譜するより省スペースに。
リュート・タブラチュア
ドイツ式タブラチュアを示す図版として、リュート教本や曲集でよくみる絵です。
これはこの書籍に掲載されているものだったのか!という発見。
これは・・・一挙に暗号めいたものになっていますよ。何を説明しようとしているのか、私はまだ完全に理解できておりません。
フルート(リコーダー)・タブラチュア
右利き、左利きの人。
押さえる穴に番号がつけられています。
これは曲というより、音と運指の対照表のように見えます。
*追記)リコーダー関係の方からご教示いただきました。
▲の次のページの図版▼は運指を示しているものの、押さえる指ではなく「離す指を示す」という特殊な表記となっているそうです。
上記のような3つの楽器のためのタブラチュアについての解説のほか、計量記譜法についての解説も掲載されています。
楽器構造学による分類
この書籍の中で、とくに目を引くのが種類別に分類された楽器類の図版です。
ヴィルドゥングはこの論文を書くにあたって、現在では知られていない楽器構造学に関するそれまでの研究を参考にしています。
楽器の分類というと、およそ100年後にミヒャエル・プレトリウスが著す『Syntagma musicum』(1614-1620)がよく知られていますが、すでにこの『Musica getutscht und außgezogen』において、楽器の分類方法が確立されており、多数の図版で表現されています。
採用されている楽器の分類方法は、音の出し方(弦、リード、ホイッスルなど)の区別に基づいており、これは現在でも使われる方法です。
などなど、他にも様々な楽器が分類され、その形や仕様が描かれています。
このように、現在ではあまり知られなくなった楽器なども含む、ルネサンス時代の楽器が並んでいるわけですが、唯一、人が演奏している姿を示した図版がこれです。▼ こういう点にも、当時の音楽シーンでリュートが重要な地位を占めていたことがわかります。
リュート奏者にとって重要な情報
この書籍の中で、ヴィルドゥングはリュート奏者にとって重要な下記の2点を明らかにしています。
(出典:『A HIstory of te LUTE』Douglas Alton Smith)
・4コースから6コースは、オクターブに張る。
・この頃(1511年ごろ)には、5コースリュートはまだなお使用されていて、しかも7コースリュートがすでに登場していた。
オリジナルPDFをぜひご覧下さい
この書籍は、16世紀後半には楽器製作、図像学、楽器の分類、記譜法、音楽社会学の観点から、重要かつ決定的なものとなりました。
今でも、この時代についての知識を得るために欠かせない情報源であることに変わりはありません。
この書籍全体をご覧になりたい方は下記よりどうぞ。
追加情報:古楽器Tシャツにしてみた
この音楽理論書の楽器分類図をつらつら眺めているうちに
「ルネサンスの楽器の形が面白いな」
「今ではあまり知られていない楽器も多いな・・」
「そうだ!この楽器分類図を組み合わせて一枚の版にし、Tシャツにプリントしたらどうだろう?!」
と思い立ち、出来上がった版がこれ。
●完成したTシャツは「ルネサンスの楽器たち」と名付けられ販売中です。webshop「リュートのある暮らし」
●参考記事:「古楽器Tシャツ、好評発売中」